2018年06月 5日(火)
フード
アンチョビはイタリアのソウルフードならぬソウル食材といっても過言ではない。カタクチイワシを塩漬け熟成させ、その後オイル漬けにしたもので、イタリア中の様々な土地の郷土料理に使われている。まさにイタリア人の“魂の食材”だ。
生産の中心地はシチリア島。実際にシチリアの海岸には今でも多くの漁港が残り、カタクチイワシ漁から戻る漁師たちの姿が見られる。州都パレルモから車で東に30分走った漁港アスプラもそのひとつだ。
▲カタクチイワシの水揚げをする漁師たち
この日アスプラの漁港で我々を迎えてくれたのは、“ヴァチカン”というブランド名のアンチョビフィレを生産するバリストレーリ社のミケランジェロさん。シチリア訛りで我々を歓迎してくれた。
「アスプラへようこそ!小さいけれど美しい漁港だろ?親父も爺さんもここで漁師をしていたんだ。シチリアの伝統が今でも息づいている場所だよ。」
アンチョビの製造には時間がかかる。ミケランジェロさんが工場で流れを説明してくれた。
「カタクチイワシ漁があるのは4月~9月だ。この時期のカタクチイワシが、身が締まっていて最も品質が良いからな。漁獲されたカタクチイワシはすぐ頭と内臓を取り除き、塩漬けにする。やはり美味しいアンチョビになるには鮮度が命だ。我々アンチョビ生産者の間での言い回しで『塩は奇跡を生まず』って言ってな、鮮度を失ったアンチョビをどれだけ塩漬けしたって良い風味は生まれないってことだ。」
▲塩漬け前に丁寧に手作業で下処理される様子
▲塩漬けにされるカタクチイワシ
塩漬けにしたら1年ほどそのまま熟成させる。この間に鮮度の良いアンチョビはしっかりとした風味と深みのある味わい、塩味の中に甘みも感じさせるような味に変わっていく。
「1年間の塩漬け工程が終わったら、アンチョビを取り出して洗い、身を開いて骨をとってフィレにしていくんだ。見てみろどうだ、素晴らしく綺麗な色だろ!」
ミケランジェロさんはなかば興奮気味にアンチョビのフィレを見せてくれる。確かに1年熟成したとは思えない、鮮度を保った美しい色をしている。
▲1年熟成後のアンチョビのフィレ。鮮度の良いカタクチイワシを使用しなければ、このきれいな色にはならない。
「鮮度を保つのは本当に重要だ。アンチョビは空気に触れるとすぐに風味を失っていってしまう。だからこうやって骨を綺麗にとってフィレにしたら、すぐにオイル漬けにして、またアンチョビの風味を閉じ込めるんだ。」
ミケランジェロさんは自分のアンチョビに誇りを持っている。日本にも国産の塩漬けアンチョビがあるのを知っているが、彼に言わせると別物らしい。
「いいか、日本で取れるカタクチイワシとシチリアやスペインで取れるカタクチイワシは、種が違うんだ。学名で区別されている。シチリアとスペイン北部だけで取れるカタクチイワシの種は特別で、特に身が大きく、肉厚だ。もちろん熟成により長く時間がかかるが、ただしょっぱいだけじゃない風味豊かなアンチョビになるんだ。」
「さらに同じシチリア・スペインで獲られるカタクチイワシも、身の大きさでランクが分かれている。ウチは一番下のランクは絶対に買わないんだ。高品質なアンチョビを作るのが、バリストレーリ社“ヴァチカン”アンチョビのモットーだ。」
彼らの作るアンチョビのブランド名は“ヴァチカン”。カトリックの総本山、ローマ法王のいるヴァチカン市国と同じ名前だ。ミケランジェロは、
「イタリアではサンピエトロ(聖ペテロ)が漁業の守護聖人なんだ。創業者の親父は最初サンピエトロってブランド名にしようと思ったんだけどな、親父は本当に敬虔なカトリック信者だから、サンピエトロの肖像と名前を使うのは恐れ多いって理由で、代わりにヴァチカン市国の中心のサンピエトロ広場の絵をラベルデザインにして、名前もヴァチカンにして売り出したのさ。」
と、ブランド名誕生秘話も教えてくれた。
“ヴァチカン”のアンチョビは特別だ。ただしょっぱいだけではなく、イワシの風味と旨味がしっかりと感じられ、口の中で広がる味わいが心地よい余韻となって残る。もしヴァチカン市国のサンピエトロ広場が描かれたラベルを見つけたら是非一度試してみてほしい。きっと味わいの違いに驚いていただけることだろう。
▲ラベルにあしらわれているヴァチカン市国のサンピエトロ広場
★バリストレーリ・ジローラモ社ページはこちら↓↓
http://www.montebussan.co.jp/foods/girolamo.html